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売上の半分が国際物流事業な鉄道会社?【就活生向け・決算短信を読む⑨近鉄グループホールディングス】

みなさんは、私鉄で保有路線日本最長の鉄道事業者がどこか、知っていますか? 2024年3月現在の答えは、近畿日本鉄道、通称「近鉄」です。近畿圏・中京圏にまたがる広い地域に路線を持ち、営業キロで501.1kmにもおよぶ路線網を持っています。

今回は、そんな近畿日本鉄道を擁する近鉄グループの持株会社、近鉄グループホールディングス株式会社(以下近鉄グループHD)の2023年3月期決算短信を読んでみます。

この記事では、近鉄グループHDの決算短信に掲載されている収益の数字や事業構成などを通じ、近鉄グループの今が分かることを目指します。

なお、鉄道就活応援隊ではJR東海京王電鉄東急グループの四半期決算短信を取りあげてきました。今回はそれらの企業とはまた違う、近鉄ならではの特徴も分かりやすくお届けします。

そして、鉄道業界各社の四半期決算については、こちらのリンクから交通新聞電子版の記事が読めます。JR各社や大手私鉄についての四半期決算について、有料記事を特別に全文公開です!

>>交通新聞電子版「四半期決算」検索結果

リンク先では、鉄道業界の様々な企業の決算短信についても分析がありますので、ぜひご参照ください。


近鉄グループHD・近畿日本鉄道株式会社とは

近鉄グループHDは、近鉄グループの持株会社です。2015年に(旧)近畿日本鉄道株式会社から商号変更し、鉄軌道事業は(新)近畿日本鉄道株式会社に、そのほかの事業もそれぞれの事業ごとの会社に吸収分割し、純粋持株会社となりました。

その近鉄グループの中核企業が近畿日本鉄道株式会社です。前述の通り、広い範囲に長大な路線網を持ち、その営業エリアは2府3県におよぶ大手私鉄です。

鉄道事業者としての「近畿日本鉄道」が誕生したのは戦後ですが、そのルーツは1910年に設立された大阪電気軌道に求めることができます。初めに開業したのは上本町(現:大阪上本町)~奈良(近鉄奈良)間を結ぶ、現在の奈良線に相当する路線でした。

その後は他社との合併を繰り返し、南海との合併の際に「近畿日本鉄道」が設立。戦後に南海を分離後、再び複数社との合併を経て現在に近い路線網を形成しました。1990年代以降には経営が悪化した時期もありましたが、収支の悪化した地方路線の切り離し、プロ野球球団の譲渡などの合理化を断行して乗り切りました。

その後2010年代以降には攻勢に転じ、2013年には伊勢・志摩方面の観光特急「しまかぜ」、2020年には名阪特急「ひのとり」といった魅力的な車両を世の中に送りだして大きく話題になるなど、新たな魅力を備えて現在に至ります。

営業収益・営業利益・経常利益

まずは基本の数字、ということで営業収益・営業利益・経常利益について見ていきましょう。

なお近鉄グループHDの決算資料において、売上高は「営業収益」として表記されていますので、この記事ではその表記に倣います。

営業収益:1兆5,610億円(対前期125.7%増)
営業利益:671億円(対前期632億円増)
経常利益:746億円(対前期143.4%増)

近鉄グループホールディングス株式会社「令和5年3月期 決算短信」より

いずれの数字も対前期で大幅に改善しています。
営業収益、営業利益の改善は、行動制限が緩和されたことによる鉄道やホテルの利用者回復などに加え、持分法適用関連会社であった近鉄エクスプレスを連結子会社としたことが原因とされています。

【ちょっと詳しく】
持分法適用関連会社であったときの近鉄エクスプレスの収益・費用などは、連結決算において親会社である近鉄グループHDの持分に応じた一部が連結決算に反映されていました。
2022年7月12日に近鉄エクスプレスが近鉄グループHDの連結子会社になったことで、近鉄エクスプレスの収益・費用はすべて親会社である連結決算に反映されるようになり、これが近鉄グループHDの営業収益・各利益が増加する要因となりました。

この決算短信シリーズでは、連結決算の営業収益・各利益について、新型コロナウイルス感染症の影響が軽微であった2020年3月期の数字と比較する表を掲載しています。

ただ前述の通り、近鉄エクスプレスの連結子会社化前後では近鉄グループの営業収益や各利益に大きな変動があり、単純に比較するのは適切ではないため、今回は運輸セグメントの営業収益・営業利益を比較することとします(単体の経常利益は非公開)。

営業収益・営業利益のいずれも2020年3月期と比較してマイナスとなっています。定期・定期外ともに利用者数がコロナ禍前の水準まで回復していないことが原因と考えられます。
一方で、近鉄グループHDでは決算説明資料において2024年3月期の輸送人員について「対平年ベース約85%」と想定しており、運輸セグメントを含めたすべてのセグメントで増収を見込んでいます。

【就活生注目】近鉄グループの特徴・事業構成

ここでは、四半期決算短信から読み取れる近鉄の特徴を探ってみましょう。

まずは事業構成からということで、近鉄のセグメント別の営業収益割合は以下の通りです。

まず目立つのが、「営業収益のトップが国際物流事業」という点ですね。「本業」と言うべき鉄軌道事業と比較しても、圧倒的な数字です。安定的な収益源があるのは大きな強みです。
国際物流事業の次点がホテル・レジャー業で、次いで流通事業、ようやく運輸事業、不動産事業と続きます。

なお、この国際物流事業は2022年7月に近鉄エクスプレスを連結子会社化したことにより新たに設けられたセグメントで、7,000億円を超える営業収益をあげています。中核を担う近鉄エクスプレスは一般的な「電鉄のグループ会社」のイメージとは異なり、世界各国に拠点を持つ国際総合物流企業です。

荷主からの依頼に基づき航空機や船舶などを利用した輸送を手配する利用運送事業者としての業務を中心に、国際航空貨物輸送、国際海上貨物輸送、ロジスティクス(効率的な物流を実現するための管理)の3つの事業を営んでいます。

ホテル・レジャー業は、国内外に展開する「都ホテルズ&リゾーツ」などが展開。「志摩スペイン村」もここに入ります。

流通事業は、「近鉄百貨店」で著名な百貨店事業やストア事業、駅ナカ事業といった定番事業のほかに、サービスエリアでの物販や飲食店舗の運営も行っています。

運輸事業は、近畿日本鉄道をはじめとした鉄道、バスおよびタクシーの営業などがあります。
営業収益に占める割合は低いですが、他の大手私鉄同様、「鉄道の売上が少ない」というよりは「他事業の売上も大きい」というのが正確な理解に近いと思われます。

実際に、大手私鉄の間で2022年度の鉄軌道事業営業収益を比べてみると、近鉄は第4位、関西の大手私鉄の中ではトップにランクインします。この規模でも近鉄グループの営業収益に占める割合が低いというのは、やはりそれだけ他事業の売上が大きいためなのです。

また前述の通り、近畿日本鉄道の特徴の一つとして広域に亘る路線網があります。
沿線開発が進んだことにより需要が大きく増えた地域輸送のみならず、東は名古屋から西は大阪に至るまでの都市間輸送、そして京都・奈良をはじめとした多くの沿線観光地への輸送も担っている点はしっかり押さえておきたいところです。

不動産事業は、分譲事業や賃貸事業、ソーラー事業や農業事業(詳しくは後ほど)などを展開しています。

近畿日本鉄道だけではない鉄道関係の企業

近鉄グループには、近畿日本鉄道以外にも鉄道に関わる企業が数多く存在します。

もともと近鉄の路線であった各線を運営する伊賀鉄道養老鉄道四日市あすなろう鉄道といった鉄道事業者があります。これらはいずれも営業を担う第2種鉄道事業者で、沿線の市町、または沿線市町が出資する一般社団法人が第3種事業者として施設を所有する形になっています。

内閣府「地域鉄道における赤字路線の経営改善と活性化及び新路線の開発等調査報告書(3)鉄軌道の新規開業事例」より引用

このように、運行や営業を行う「上部」の主体と、施設の保有や維持管理を行う「下部」の主体を分けるのを上下分離方式といいます。

2006年に開業した近鉄けいはんな線の一部区間も、運行・営業は近鉄が、施設の保有は奈良生駒高速鉄道(近鉄や沿線自治体の出資する第三セクター)が行っています。
鉄道における上下分離方式について、詳しくはこちらの記事をご覧ください。

また、近鉄グループで鉄道に関わる企業には、鉄道車両メーカーとして著名な近畿車輛、鉄道車両メンテナンスの近鉄車両エンジニアリングといった企業もあります。

鉄道事業とそれ以外の事業の関わり

ここまでは、近鉄グループの中でも鉄道事業に着目して取りあげてきました。ここからは鉄道事業と、それ以外の事業の関わりを挙げます。
ただ広く事業を展開する近鉄グループの事業を一度に取り上げると長くなってしまいますので、この項では近鉄線との関わりに絞って取りあげます。

観光事業と近鉄特急

世界遺産が存在する京都・奈良や、伊勢神宮のある伊勢、自然の美しい志摩といった観光地を沿線に多く抱えるのが近鉄の特徴です。
グループには「近ツー」の略称で知られる旅行代理店の近畿日本ツーリストや、近鉄・都ホテルズ(一部のホテルは運営を受託する形式)があり、鉄道事業と連携しながら観光開発に力を入れてきた歴史があります。

たとえば、伊勢・志摩地域の開発では、観光施設の開発と近鉄特急の転機が連動してきました。
1969年から1970年にかけては、賢島カンツリークラブ(現近鉄賢島カンツリークラブ)や志摩マリンランド(2021年に閉業)などのレジャー施設のオープンと、大阪・京都・名古屋~賢島間の直通特急の運行開始がありました。
そこから約四半世紀の後、1994年には複合リゾート施設の志摩スペイン村のオープンと伊勢志摩ライナーの運行開始がありました。

また、2013年に伊勢・志摩方面の特急列車としてデビューした「しまかぜ」は「乗ること自体が楽しみとなる」車両を目指し、展望席や和洋それぞれのスタイルの個室、カフェ車両など多彩な室内設備を備えた特徴的な車両です。


コロナ禍でのホテル売却といったニュースもありましたが、コロナ禍からの回復を見据え、近鉄が観光に特色ある企業である事実は今後も変わりないと思われます。

不動産事業

近鉄グループの顔として有名なのは、何と言ってもあべのハルカスでしょう。近鉄線の大阪阿部野橋駅近くに2014年に開業した同ビルは、近畿日本鉄道の不動産部門から近鉄不動産に承継され、近鉄百貨店あべのハルカス近鉄本店を含めた多数のテナントが入居。
大阪観光の定番スポットの一つとして定着しています。

現在、近鉄グループの不動産部門の中核である近鉄不動産は、沿線地域である大阪市や奈良市を中心に多くのオフィスビル・商業施設を保有しており、鉄道事業との相乗効果を生んでいます。

また、近年では所有地の新たな活用を目指して農業ビジネスを開始。奈良県吉野郡大淀町において「近鉄ふぁーむ花吉野」を運営しています。完全人工光型植物工場と農業用ハウスから構成され、無農薬のレタスや高糖度のトマトを生産しています。

そして2023年1月からは、「近鉄ふぁーむ花吉野」で朝に収穫した野菜を、大阪阿部野橋~吉野間を結ぶ近鉄特急「さくらライナー」で輸送し、その日の午後には近鉄百貨店あべのハルカス近鉄本店内で販売するという、近鉄不動産・近鉄・近鉄百貨店の近鉄グループ3社が連携した貨客混載輸送の取り組みも本格運用されています。

近畿日本鉄道・近鉄不動産・近鉄百貨店 -「さくらライナー」での朝採れ野菜の貨客混載輸送の本格運用を開始しました!(2023年1月23日)

電鉄系不動産の中では屈指の規模であること、新規事業にも挑戦していること、駅が作り出す人流や広域に亘る路線網を活かしたグループ内での連携に取り組んでいることは特徴として覚えておきたいところです。

決算短信から読む近鉄グループの今後

鉄道事業についていえば、まず短期的には他社と同様にコロナ禍で一時的に減少した需要の回復傾向がしばらく続くと思われます。
その後の見通しについては、ここまで述べてきた「広域に亘る路線網」という特徴がいかに作用するかが重要です。

路線網のネットワーク性は近鉄特急の強みとして存分に活用されていますが、これは裏を返せば、利用が少ない過疎地域にも路線を持っているということです。インフラの維持費が重い負担となる鉄道事業にとって、不利な一面ともいえます。

コロナ禍まっただ中の2021年5月に公開された「近鉄グループ中期経営計画2024」では、

・駅運営等の合理化の加速のほか、早期退職優遇制度や採用計画の見直し等による人員調整で、人件費の構造的な削減を推進
2019年度末 7,200人 ⇒ 2024年度末 6,600人
・その他の費用も徹底的に削減し、2021年度については、営業費用全体で150億円程度を削減(2019年度比) 
・2022年度以降についても合理化施策の推進で継続的に費用を抑制 • 支線については、一層のコスト削減に加え、今後の運営体制を抜本的に検討

との記載があり、鉄道事業について楽観視せずに合理化を推し進め、持続可能な事業構造とすることが述べられています。この合理化・コスト削減の傾向はおそらくコロナ禍後も継続されるものと思われます。

鉄道事業については、こうしたコスト削減の努力を続けながら、都市近郊においては不動産開発などを絡めた沿線の魅力維持・向上、伊勢・志摩方面については観光需要の維持・向上ができるのか、といった点が重要となると思われます。

一方、グル-プ単位の将来性に目を向けると、セグメントごとの営業収益で高い割合を占め、セグメント利益でも約233億円を稼ぎ出す国際物流事業セグメントの業績が極めて重要であることは明白でしょう。

2024年3月期以降は、2022年7月(2023年3月期の途中)に連結子会社化した近鉄エクスプレスの業績が通年で寄与するため、グル-プ全体に占める国際物流事業の営業収益・セグメント利益の割合は更に大きくなると予想されます。
運輸事業を含めた他の事業との相乗効果を見出すのは難しいかもしれませんが、グル-プでは重要な稼ぎ頭です。

また、同じく「近鉄グループ中期経営計画2024」では「人の移動に依存しない事業やB2B事業を育成・強化」するとあり、新規事業の創出などが積極的に進むと思われます。

「近鉄グループ中期経営計画2024」より引用

グル-プ全体としては、コロナ禍後に需給が正常化しつつある国際物流事業の収益性、そして人の移動に依存しない事業の割合が増やせるか、と言う点が重要になりそうです。

まとめ

関連リンク

交通新聞で近鉄のニュースについて知りたい方は、以下のリンクからどうぞ! 以下のリンクから限定で、有料会員向けの記事全文が読めますよ!

>>交通新聞電子版「近鉄」の検索結果はこちら

今後も、鉄道事業者については、売上高の規模の違いなどに留まらず、グループ全体の売上や利益について鉄道事業が占める割合の違いなどに注目して取りあげていきたいと考えています。
もちろん鉄道事業者以外の企業についても取りあげる予定ですので、お楽しみに!
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※2024年3月12日 関連リンクおよび見出し画像を修正しました。


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