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【その線路は誰のもの?】就活生向け 鉄道ひとくち解説その6「上下分離方式と鉄道」

10月1日、福島県と新潟県を結ぶ只見線が11年ぶりに全線での運転再開を果たしました。
その際に注目を浴びたのが上下分離方式という単語。

あまり聞きなれない方も多いかもしれませんが、只見線に限らず、整備新幹線開業後の並行在来線に関わる問題でもよく取りざたされる話題であるだけに、鉄道に関わる仕事を目指す方、特に新線の建設や地方鉄道の維持、交通政策に関心のある方にとってはぜひとも知っておきたいキーワードの一つです。

今回は、そんな「上下分離方式」の意味について解説していきます。
なお制度の問題であるため、どうしても法令の名前や小難しい定義が挟まれますが、なるべく平易に解説していきます。


上下分離方式とは~線路は鉄道会社のものだけではない~

上下分離方式とは、鉄道や空港、道路などの運輸事業について、運行や営業を行う「上部」の主体と、施設の保有や維持管理を行う「下部」の主体を分けることを言います。

鉄道で言えば、列車の運行や営業施策を行う「上部」の主体と、線路・トンネル・駅施設といったインフラの保有・維持管理を行う「下部」の主体とを分けるのが、上下分離方式にあたります。

各区分の備考にあるのは一例です。

専門的な話になりますが、鉄道事業等の運営について定めた鉄道事業法では、鉄道事業を3つのタイプに分類しています(画像参照)。
日本で長らく一般的だったのは「施設の所有も列車の運行も同じ鉄道事業者」というパターンで、これは第一種鉄道事業者にあたります。

上下分離方式の場合は、「上部」が第二種鉄道事業者・「下部」が第三種鉄道事業者にあたります。

注目される理由

日本における鉄道事業では、「列車の運行と施設の保有は一体である」というのが長らくの前提でした。
列車の運行をする主体も、線路やトンネル、橋りょうや駅施設といったインフラを建設し維持する主体も鉄道会社だったのです。

これを他の輸送手段と比べると、たとえばバス会社は運行に関わる部分だけを負担しています。
ガソリン税や車両にかかる自動車重量税はありますが、道路の整備費用を満額負担しているわけではなく、また修理の義務を負うわけではありません。

このように鉄道事業者がインフラの維持のために負う費用は他の運輸事業者と比して大変重い負担です。これを軽減して鉄道事業を身軽なものへと変え、維持するための方策が模索され、そこで上下分離方式が注目されるようになりました。

なお、ここまで挙げた「鉄道施設の所有(営業)と使用を分離した上下分離方式」とは異なる文脈で用いられる上下分離方式もありますが、それについてはのちほど説明します。
まずは、「鉄道施設の所有(営業)と使用を分離した上下分離方式」について具体的な例を見ていきましょう。

例①:JR貨物~営業と所有の分離

全国規模で貨物列車を走らせているJR貨物ですが、自身で保有する線路はわずか約30kmです。
ではそれ以外の区間で貨物列車が走っているのは誰が所有しているのでしょうか。
それは、JR東日本などの旅客会社です。

上下分離方式で言うと、上部は貨物列車の運行主体であるJR貨物、下部は線路の所有・管理主体である旅客会社となります。

こうなった原因は、約30年前の国鉄分割民営化に遡ります。
1987年、それまで全国規模で一体的に経営されていた日本国有鉄道(国鉄)が民営化してJRに生まれ変わりました。
旅客会社は地域ごとにJR北海道・JR東日本・JR東海・JR西日本・JR四国・JR九州の6社に分割された一方で、貨物輸送に関してはJR貨物が引き続き全国の営業を続けることになったのです。

貨物列車の運行にあたり線路を借りる側となるJR貨物は、線路を保有する鉄道事業者に対して線路使用料を支払っています。

ちなみに、一つの線路の上を異なった営業主体の列車が走るというのは欧米では珍しいことではありません。
たとえばイタリアでは、旧国鉄系のトレニタリアが運行する「フレッチャ・ロッサ」と後発の企業が運行する「イタロ」という二つの高速列車が同じ線路の上を走っており、都市間高速輸送でしのぎを削っています。

例②:只見線~営業と所有の分離

2つ目の例は、先日全線運転再開を果たした只見線です。
単体では黒字収支を成立させることが難しい線区の維持のために、上下分離方式が用いられた例となっています。

まず、なぜ只見線で上下分離方式が導入されたのか、それを理解するために簡単に経緯を説明します。

只見線は、福島県の会津若松駅と新潟県の小出駅を結ぶ路線です。風光明媚な車窓が人気で、JR東日本が列車の運行と線路の保有を担ってきました。

そんな只見線にとって転機となったのは、2011年7月の豪雨災害。
山間部を走る区間の多い只見線は大きな被害に見舞われましたが、JR東日本は懸命に復旧に取り組み、大部分の区間は2012年中に運転再開しました。

しかし、被害が特に大きかった会津川口~只見間の区間は不通になったまま、長らくバス代行運転が行われていました。
同区間はJR東日本の中でも利用者が少ない線区であり、復旧費用は約90億円にもなると試算されたことから、JR東日本と沿線自治体などの間で存廃を含めた議論が進められました。

最終的には鉄道を維持するために、会津川口~只見間については上下分離方式を導入した鉄道路線の復旧が決められました。

国土交通省東北運輸局「只見線(只見・会津川口間)の上下分離方式による復旧に伴う鉄道事業許可について」より

会津川口~只見間について、線路や鉄道施設の所有は福島県が主体となり、JR東日本は使用料を支払って列車の運行を行う形です。

只見線での上下分離方式の導入は、地方路線の維持のために、地元自治体が継続して公的な支援を行う仕組みの一つとして位置づけられます。

なお地方路線の維持としては、第三セクター路線を設立してJRなどから運営を引き継ぐ形もあり、新幹線開業後の並行在来線ではこちらの形が主流です。只見線における上下分離方式では、従来通りJR東日本が運行や営業を行うのが違いです。

就活生の皆さんには地方路線の維持に関心のある方もいらっしゃることと思います。そんな方は、ここまでに挙げた上下分離方式の例をぜひ頭に入れておいてください。

なお地方鉄道の再生に関しては、「鉄道事業再構築事業」による上下分離方式も活用されています。事例としては、
地方自治体が鉄道施設を保有し、運行を担う鉄道会社に貸与するケース(若桜鉄道など)、
既存の鉄道事業者が鉄道施設は保有したまま、運行は別の鉄道事業者に運担わせ、施設を貸与するケース(北近畿タンゴ鉄道)
などがあります。詳しくは国土交通省の資料(こちら)をご覧ください。

例③:相鉄・東急直通線~営業と整備の分離

3つ目の例は相鉄・東急直通線です。
相鉄・東急直通線とは、相鉄・JR直通線の羽沢横浜国大駅から、東急東横線・目黒線日吉駅間に連絡線を整備する新線です。
2023年3月開業予定となっています。 

注意したいのは、この連絡線が都市鉄道等利便増進法に基づく速達性向上事業として、いわゆる「受益活用型上下分離方式」という方法で建設されたという点です。

これも専門的な話になりますが、この受益活用型上下分離方式は、例①・②で挙げた上下分離方式とは性質・根拠法令が異なります(制度や方式の名前を暗記する必要はありません)。

この方式は、施設を借りて営業する主体が、施設を整備する主体に対し、その施設整備による受益の範囲内で使用料を支払うものです。

相鉄・東急直通線の場合、営業主体とは列車を走らせる相模鉄道株式会社、東急株式会社です。建設された新線を借りて列車を運行します。 
一方、整備主体であり新線の建設をするのは独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(以下、「鉄道・運輸機構」という)です。

都市鉄道利便増進事業 相鉄・JR直通線、相鉄・東急直通線|整備手法(都市鉄道等利便増進法)」より編集部作成

受益活用型上下分離方式で行われる相鉄・東急直通線の建設では、国と地方自治体がそれぞれ総事業費の3分の1を払い、残りの3分の1は鉄道・運輸機構が資金調達をして建設を行います。
鉄道・運輸機構が新線建設に充てた費用の返済には、相鉄・東急から支払われる設備使用料が充てられる、という流れです。

鉄道事業者にとっての受益活用型上下分離方式のメリットとして、まず鉄道事業者は財政上の支援措置が受けられることが挙げられます。国、地方自治体からはそれぞれ総事業費の3分の1程度の手厚い補助が受けられます。
また施設の固定資産税が減免されるといった税制上の支援措置が受けられます。

都市鉄道利便増進事業は、現在検討段階にある東急多摩川線と京浜急行電鉄の空港線をつなぐ新空港線(蒲蒲線)の建設においても活用が想定されています。
多大な費用を要する都市鉄道の改良推進という場面において注目するべき制度です。

まとめ

繰り返しになりますが、法令や制度の名前を覚える必要はありません。
「上下分離方式」の活用が注目されている、という点、そして「上下分離方式」という用語に出会った際には2タイプのうちどちらの話をしているのか考える、というのがポイントです。

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