見出し画像

電力設備の保守における先進技術導入の実例を学ぼう――JR東日本における架線設備のメンテナンス・工事におけるDX推進による業務変革

鉄道に関わる様々な方が執筆した記事をお届けするシリーズ「鉄道業界インサイド」。
前回の記事では、JR西日本の実務における情報システム活用について取りあげました。

今回も引き続き実務のデジタル化を取りあげますが、その中でも電力設備の維持に焦点を当て、『JRガゼット』2023年11月号に掲載された記事を一部編集・転載して、電気設備の監視や工事におけるDX推進について具体的な例をご紹介します。
執筆は、JR東日本 鉄道事業本部 電気ネットワーク部門 電力ユニット(管理)の山田 太郎 副長(チーフ)と長谷川 隆博 副長のお二人です。

学生、特に電気系・情報系のみなさんはこの記事を読むことで、鉄道事業者がどのような取り組みをしているのかを知り、情報システムの活用についても自分なりの答え方ができるようになるはずです。それではどうぞ!

※雑誌掲載時のレイアウトのままのため、スマートフォンでは画像が見づらい場合があります。適宜拡大してご覧ください。


はじめに

JR東日本の電力部門では、将来の労働人口の減少を見据えて、架線設備の工事やメンテナンスにICTなどの先端技術を活用した仕事の仕組みづくりを推進しています。

検査においては、電気・軌道総合検測車(以下、East–i)搭載のカメラやセンサを活用した「架線設備モニタリング」を主に地方線区で2021年10月から本格導入しています。
また、工事においては、3Dレーザースキャナーや強度計算アプリを活用し、測量や設計のDX化を推進しています。

本稿では、「架線設備モニタリング」を中心に、JR東日本における架線設備のメンテナンス・工事におけるDX推進による業務変革について紹介します。

架線設備モニタリング

電車のパンタグラフに電気を供給する架線設備は、多くの線条類や金具類で構成されており、設備故障が発生すると輸送障害に直結する重要設備です。

従来架線設備の検査は、線路に載せた高所作業車(軌陸車)を使用し、夜間に電力係員が至近距離から設備の状態を確認する「至近距離検査」を1年に1回実施していました。
この検査手法では事前の手続き等を含めて多くの労力を要している業務のひとつとなっていました。

そこで、2021年4月より新たな検査手法として「架線設備モニタリング」の導入を進め、2021年10月から地方線区を中心とした在来線38線区、約5,500kmで本格導入を開始しました。

「架線設備モニタリング」は、従来から行っていたEast–i搭載のセンサによるトロリ線*の摩耗、高さ、偏位等の測定データに加え、新たに搭載した架線設備を撮影するカメラで収録した画像データから状態を確認・判断する検査手法です。

*トロリ線…架線設備の一部で、電車に供給される電力が流れる電線。集電装置が直接接触するため、使用されるにつれて摩耗していく。

大量に収録される画像データで効率良く設備の確認を行うために、画像データの解析を専任で行う「電車線モニタリングセンター」をJR東日本のパートナー会社である東日本電気エンジニアリング株式会社に設立し、オペレーターによる画像のスクリーニング(選別作業)を実施しています。

スクリーニングの結果は、メンテナンス拠点となる電力設備技術センターやメンテナンスセンター等で改めて確認したうえで、その判定結果が検査の実績として電力設備管理システムへ連係されます(図1)

図1 架線設備モニタリングの概要

次に「架線設備モニタリング」の要素である車上装置および地上システムの概要と、現在までの状況について紹介します。

(1)車上装置

車上装置はラインセンサカメラ(以下、LSカメラ)、エリアセンサカメラ(以下、ASカメラ)、照明および処理装置等で構成されています。

カメラは金具類の設備位置に応じて撮影できる左右の上段・中段・下段LSカメラ6台と電柱側に向けて曲線引装置と振止装置の根付部を撮影するLSカメラ2台、設備の全体的な位置関係把握のために、線路方向前後に、設置したASカメラ2台の計10台になります。(図2)

図2 車上装置

画像はいずれも静止画であり、LSカメラの画像データは取得順に並べると、撮影開始から終了までの連続した画像となります。

本装置のLSカメラは車両速度130km/hまで電車線設備を撮影可能であり、2mmピッチのライン画像を連続して撮影することができます。これにより、視認性の高い鮮明な画像の取得を可能としています(図3)

図3 LSカメラによる架線設備の撮影方法

また、夜間やトンネル内でも同様の画像を取得するため、LSカメラおよびASカメラともに近赤外線カメラを採用しました。

(2)地上システム

地上システムは車上装置より収録された画像データを処理し、設備の状態を確認するためのシステムです。

大別すると、画像データの確認やその結果を管理する機能を提供するサーバ群と、AIによる良否判定機能を提供するサーバ群で構成されています。

AIによる良否判定機能は、検知モデルによる金具類の検出と判定モデルによる設備の良否判定の2段階構成となっており、どちらのモデルもディープラーニング*を採用しています(図4)

図4 地上システムの画面

*ディープラーニング…AI(人工知能)にデータ処理の方法を教える手法の1つ。画像認識において広く活用されている。

(3)架線設備モニタリングの状況

架線設備モニタリングは四半期ごとにデータ収集を実施しています。また、近赤外線画像で確認できない腐食等は新たに定めた「近接検査」で確認することとしました。

また、架線設備モニタリングで画像や測定による客観的なデータが残るため、これらのデータの推移を分析することで、架線設備のCBM(Condition Based Maintenance)化にもつなげていきたいです。

*CBM…設備をリアルタイムで監視し、得られた数値などから状態を判断して対処する手法。決められた期間や走行距離ごとに検査・修理を行うTBM(時間基準保全)と比較して必要に応じた保全が行いやすくなり、安全確保・コスト削減が可能になるとされる。

AIについては試行のなかで検証を継続しており、教師画像を追加して各モデルの再学習を行うなど、モデルの精度向上にも取り組んでいます。

この結果、電柱径間の金具類について、架線方式によっては使用可能な精度が得られたことから、今後はAIとオペレーターを組み合わせたスクリーニングを実施することとしました。
今後も継続してAIの精度向上に取り組み、さらなる検査の省力化を目指す予定です。

工事におけるDXの取り組み

架線設備は、列車に電力を供給するトロリ線などの線条やそれらを支持する支持物などから構成されます。
構造物には線条の自重・風圧荷重・張力等に耐え得る強度が求められます。

従来、支持物の設計では、寸法測定、図面作成、強度計算をそれぞれ別の業務プロセスで行っていましたが、設計業務のDX推進の一環として、RailWay–EyeやJREDOCS(ジェイレドックス)等のソフトウェアを導入しています(図5)

図5 電車線路設備の工事における取り組み

(1)RailWay–Eye *

これまで、架線設備の寸法測定は、機器の取り扱いや撮影、記録者等多くの作業員を必要としていましたが、3Dレーザースキャナーを用いることで従来と同等以上の測量結果を得られること、線路内立ち入りや、電線路を停電させる必要がないことから、夜間に限られていた作業も日中時間帯で可能とななりました。

*Railway –Eye…3次元点群データ処理を行うソフトウェアGalaxy –Eyeに鉄道向けの機能を付加したもの

3Dレーザースキャナーによって取得した点群データをもとに、架線設備を3次元でモデリング、現地の点群データと作成した3Dモデルのデータを同時に活用し、寸法測定・設計を行うことができます(図6)

図6 3D化モデル処理した装柱図

(2)JREDOCS

JREDOCSは、寸法測定後の図面作成および強度検討の高効率化と、利便性の向上をねらい、JR東日本の業務用タブレット向けのアプリケーションとして開発したものです。

JREDOCSでは、現地に構築する架線支持物をタブレット上にシンボルとして配置し、寸法測定結果を入力することで、外観図の作成や強度計算が自動で完結するものとなっています(図7)

図7 JREDOCSの活用一例

使用場所を選ぶことなく、現場調査や検討会議などの場面でも容易に利用することができます。また、検討結果は既存検討ソフトと同等の精度を確保しています。
これによって、強度検討を含む架線支持物の設計業務の生産性向上を見込んでいます。

おわりに

本稿では、架線設備のメンテナンス・工事におけるDX推進による業務変革を紹介しました。
「架線設備モニタリング」では架線設備検査業務の省力化を実現しています。引き続き、首都圏線区約2,000kmへの導入に向け取り組みを進めたいです。今後も生産性向上と働き方改革の実現に向けて、DX推進による業務変革にチャレンジしていきます。

鉄道就活応援隊編集部より

電力設備の維持におけるDX推進の例が具体的に説明されていたことで、就活生のみなさん、特に電気系・情報系のみなさんには実際の業務において自分の知識を活かすイメージを固める参考になったのではないでしょうか。

この記事を通じて、みなさんが鉄道業界を目指すにあたって必要な業界への理解を深めることができれば幸いです。

今回の内容は、運輸交通業の"今"が分かる専門情報誌、『JRガゼット』2023年11月号に掲載された、JR東日本 鉄道事業本部 電気ネットワーク部門 電力ユニット(管理)の山田 太郎 副長(チーフ)・長谷川 隆博 副長執筆「JR東日本における架線設備のメンテナンス・工事におけるDX推進による業務変革」から内容を一部編集(注釈を入れるなど)し、転載したものです。

この記事が役に立ったと思ったり、他の人にも見てほしいと思ったら「スキ」やSNSでのシェアをお願いします!

「鉄道就活応援隊」のnoteでは、この記事の他にも、専門情報誌『JRガゼット』などに掲載された、鉄道に関わる様々な方が書いた原稿を一部編集した記事をまとめています。ぜひご覧ください!

そして鉄道就活応援隊ではX(旧Twitter)アカウントも運営しています。主な内容は、そのときどきのニュースや過去の記事の紹介などです。noteの更新も通知しているので、あわせて見るとより便利です。
ぜひフォローしてください!

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!