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「ICTでより安全に、より便利に、より効率よく」JR西日本 JR西日本グループデジタル戦略の推進に向けた情報システムを活用した取り組み

現在、多くの鉄道事業者では中期経営計画に「デジタル領域での取り組み」が盛り込まれ、鉄道事業者に製品やサービスを提供する企業においても「デジタル化」による効率化、サービスの向上が大きな課題となっています。

つまり、鉄道にかかわる仕事を目指す皆さんにとっても、情報システムの活用は身近な課題です。採用選考で自らの考えを問われたり、入社後に業務として取り組む可能性のあるテーマの一つだからです。
しかし、情報システムの活用について勉強するために具体的な例を知ろうとしても、利用者として目につきやすいネット予約サービスなどが中心となり、内部でどのように情報システムが活用されているかを知ることは意外と難しいところです。

そこで今回は『JRガゼット』2023年9月号に掲載された、JR西日本 デジタルソリューション本部 戦略企画の喜多岡 直孝 課長・片岡 祐太 課長代理のお二人が執筆した記事を一部編集・転載して、鉄道事業者がいかに情報システムを活用しているのか、その具体的な例をご紹介します。

学生のみなさんはこの記事を読むことで、鉄道事業者がどのような取り組みをしているのかを知り、情報システムの活用についても自分なりの答え方ができるようになるはずです。それではどうぞ!

※雑誌掲載時のレイアウトのままのため、スマートフォンでは画像が見づらい場合があります。適宜拡大してご覧ください。


はじめに

コロナ禍で社会行動変容が定着し、少子高齢化が加速するなど、激変する経営環境のもと、将来に向けてJR西日本グループが価値を提供し続けるためには、リアルの良さとデジタルを組み合わせることが必須だと認識しています。

このような認識のもと、JR西日本グループでは、2020年10月の「中期経営計画2022」の見直しにあわせ、「グループデジタル戦略」を発表し、同年11月に発足したデジタルソリューション本部を中心に推進してきました。
この戦略の軸は、『3つの再構築』で構成されており、具体的には、JR西日本グループの保有する多種多様なデータやデジタル技術を活用し、以下の内容に取り組んできました。

  1. 顧客体験の再構築:お客様一人ひとりのニーズに応じたサービスのあり方の追求

  2. 鉄道システムの再構築:中核事業である鉄道分野での、さらなる安全性向上・安定輸送の追求

  3. 従業員体験の再構築:働き方改革によるモチベーション向上と成果創出などの実現

本稿では、これら3つの再構築において、情報システムを活用した主な事例を紹介します。

顧客体験…顧客が製品やサービスに関心を持ってから実際に購入・利用するまでに企業と持つ一連の接点やその評価
従業員体験…従業員が企業で働くことで得る様々な経験の総称

1.顧客体験の再構築

○移動生活ナビアプリ「WESTER」におけるリアルタイム遅延状況の反映

JR西日本では、かねてよりMaaS*(Mobility as a Service)に取り組んできました。観光型、都市型、地方型という大きく3つの類型において、JR西日本グループが提供する生活サービスをスマホ1台を通してご利用いただき、お客様一人ひとりの利便性が向上することで、公共交通利用の促進や、社会課題の解決につながるものと考えています。

MaaS…一人ひとりの「移動」について、公共交通やそのほかの移動手段を一括して検索・予約・決済できるようにするサービス

そのために、2020年9月にリリースした移動生活ナビアプリ「WESTER」を、JR西日本グループとお客様とのデジタル領域における統合的接点と位置付け、JR西日本グループや社外も含めさまざまなサービスとの連携を図ってきました。

「WESTER」を通じて集まってくるデータの利活用によりone to oneマーケティング*を実現し、より良いサービスをお客様に体験いただくツールとなることで、ご利用者数、ご利用頻度の増加につなげ、地域の発展とJR西日本グループの成長に貢献し、データが”つなぐ”未来型のまちづくりに挑戦していきます。

one to oneマーケティング…顧客一人ひとりに対して最適なマーケティングを行うこと。画一的なマーケティングを行うマスマーケティングと対比される。

「WESTER」は、リリース以降も機能増強や連携拡大を重ねてきましたが、2023年6月に、JR西日本ならではの情報を活かした改良を実施したので紹介します。
「WESTER」利用ユーザーにインタビューを行った結果、「鉄道会社の公式の情報のなかから、遅れや運転取りやめといった運行情報をいち早く知りたい」とのニーズが多く見受けられたため、機能増強の検討に着手しました。

さまざまなデータの有効活用に資するデータ利活用基盤の構築に取り組むなか、とりわけ列車遅延等の鉄道運行系リアルタイムデータについては社内外で高いニーズがある一方で、元データが複数システムに分かれて管理されおり、手軽にデータを利活用できる状況にありませんでした。
この状況を解決するために「IPD基盤(Information Providing Database)」を新たに構築し、今回「WESTER」へAPIデータ連携を行うこととしました。

その結果、自宅や通勤・通学先の最寄り駅などをマイ駅に登録しておけば、アプリのホーム画面で、遅延状況をリアルタイムに反映した時刻表(図1)を確認できる機能改修が実現し、JR京都線全駅の一部方面を対象にサービスを開始しました。

図1 マイ駅のリアルタイム表示

2.鉄道システムの再構築

○駅機械AI故障予測モデルの展開によるメンテナンス改革

「鉄道システムの再構築」においては、持続可能な鉄道システムの構築、さらなる安全性向上・安定輸送の追求に向けて、運行オペレーションの変革や、とりわけCBM*(Condition Based Maintenance:状態保全)の実現に向けたメンテナンスのシステムチェンジに取り組んでいます。
CBMの取り組みのひとつとして、こちらでは駅機械を対象としたAI故障予測モデルを構築しました。

CBM…設備をリアルタイムで監視し、得られた数値などから状態を判断して対処する手法。決められた期間や走行距離ごとに検査・修理を行うTBM(時間基準保全)と比較して必要に応じた保全が行いやすくなり、安全確保・コスト削減が可能になるとされる。

本故障予測モデルは、駅の機械設備である券売機、改札機など、約3000台を対象に、装置に具備されているセンサーにより得られる、日常動いている稼働のデータと、これまで蓄積してきたメンテナンス時の対応記録である故障
データをもとに機械学習モデルを作成したものです(図2)。

図2 機械故障予測と点検判断イメージ

取り組みの過程では、適切なドメイン知識と、データの読み解き力がある社員が実務経験を活かしながら、機械学習モデルを構築しつつ、適切な故障確率を設定するチューニングを実施しました。
本モデルでは、一定期間の稼働データをもとに、一定の予測期間先を予測するモデルになっています。この予測期間の設定においても、一定の仮説を立て、適切な予測期間を探っていきました。

また、故障予測ができたとしても、その結果を押し上げた要因がわからないと機械学習モデル自体がブラックボックス化してしまうため、故障を押し上げた要因をわかりやすく、ランキング形式で示すことで、保守タイミングで点検内容の判断がしやすいように工夫しました。

メンテナンスコストへの効果としては、特定エリアを対象に実証実験を行いました。
このモデルを用いた実証実験では、定期検査の回数を減らすこととなるため、故障回数が増えるリスクもあると考え、適切なモデルのチューニングを行いました。
過剰に定期点検を減らすのではなく、故障回数が増えないレベルで適切に減らすこととしたため、結果として、「メンテナンス出動回数の減少」だけでなく、「故障回数も減少」という成果を得ることができました。

これにより、JR西日本の在来線全エリアの改札・券売・精算機に対して年間10億円程度かかっていたメンテナンスコストを2億円程度削減できる効果が発現しています。
鉄道設備のなかでも、これら機械には豊富なデータがあらかじめ存在していたことと、これらの機械の設備管理を現場で実施していた社員が自ら機械学習モデルを作成したことが今回の一番の成功点
と考えています。

今後はこうしたソリューションを内部で展開するのみならず、同業他社の皆様だけでなく、親和性の高い産業領域の皆様にも横展開していく、データインフォームドコンサルティング事業の拡大にも取り組んでいきます。

3.従業員体験の再構築

○Teamsを活用した取り組み

従業員体験の再構築では、デジタルツールを最大限に活用し、業務効率化による作業時間の削減と、思考や社員間の協業に割ける時間を増やすことで、社員のやりがいや、高頻度で価値を創出する働き方の実現を目指しています。
この活動では、Microsoft 365*の導入を契機に2020年度より業務変革の推進を担当するエバンジェリストを社内で選出し、現在、間接部門、直接部門合わせて1800名を超える規模で推進しています(図3)

Microsoft 365…Microsoftが提供する一連のOfficeアプリが利用できるクラウドサービス。WordやExcel、Teamsなといった多くのアプリケーションが含まれる。

図3 取り組みの歩み

具体的な変革の事例として、Microsoft 365に含まれるTeamsの活用による組織内および、組織を越えた情報連携の強化を実現があります。

たとえば、災害時には対策チームを早期に立ち上げ、エリアを跨いだ現地の状況を最前線で働く社員が写真やメッセージなど適切な手段を用いて共有することで、本社・地方機関の部門長等の意思決定者も含めたチーム内で情報をリアルタイムで一元的に把握し、組織内の復旧等の作業に必要な判断の迅速化を行っています(図4)。

図4 台風接近時の情報共有にTeamsを活用した事例

2023年度中には業務中に1人1台の端末で社員がつながる状態を目指し、現場社員へのスマートデバイス配備の拡充を図ります。

また、一人ひとりが、系統、役職、年齢など既存の枠組みを越えて、個人の興味や強みなど、社員の個性をもとに情報共有を行い、ほかの社員の業務変革に貢献する事例も生まれています。

たとえば、Power Platform*を活用した市民開発者のコミュニティでは、800名以上の社員が自発的に個性でつながり自身の身に着けたナレッジを共有し、開発を通じてほかの社員の効率的な働き方に貢献しています(図5・6)。

Power Platform…Microsoftが提供するクラウドサービスの一つ。業務で必要なアプリをローコードで素早く開発し、組織内で共有できる。

図5 Power Platformに関する有志コミュニティでの事例
図6 Power Platformを活用した事例

このような形でMicrosoft 365を基盤として社員一人ひとりが情報を共有し合い、組織やほかの誰かに貢献することで、業務の効率化だけでなく、一人ひとりのやりがいの向上にもつながっています。
今後は社内に限らず、グループ会社との接点業務への活用にも力を入れていきます(図6)。

おわりに

これまでの取り組みを通じ、デジタルを活用した企業改革を着実に進捗し、具体的な成果創出に向けた準備を整えてきました。
2023年4月に公表した新たな「中期経営計画2025」においても、「デジタル戦略による多様なサービスの展開」を重要戦略のひとつに掲げ、今後も引き続き、デジタル戦略を経営の根幹を担う重要戦略として外部パートナーとも連携しながら推進し続けていきます。

具体的には、以下の4つを戦略の柱として掲げ、取り組んでいきます(図7)。

①心動かすWESTER体験の創出を通じたグループシナジーの最大化
②未来を動かす新たな事業への挑戦
③変革を支える・創出するための人財と働き方改革
④グループ全体のネットワーク再構築とセキュリティ向上

図7 グループデジタル戦略の4つの柱

これらの取り組みを通じて、デジタル技術がグループ、外部をつなぎ新しい価値を生み出すことで、長期ビジョンで描く世界を実現し、「人、まち、社会のつながりを進化させ、心を動かす。未来を動かす。」という『私たちの志』の実現を目指していきます。

鉄道就活応援隊編集部より

ここまで、JR西日本の情報システム活用施策を紹介しました。
顧客向け、メンテナンス向け、従業員向けと異なる側面での例が具体的に説明されていたことで、就活生のみなさんにも参考になったのではないでしょうか。

実際の活用事例の紹介を通じて、みなさんが鉄道業界を目指すにあたって必要な業界への理解を深めることができれば幸いです。

なお冒頭に記載した通り、今回の記事の内容は、運輸交通業の"今"が分かる専門情報誌、『JRガゼット』2023年9月号に掲載された、JR西日本 デジタルソリューション本部 戦略企画の喜多岡 直孝 課長・片岡 祐太 課長代理の「JR西日本グループデジタル戦略の推進に向けた情報システムを活用した取り組み」から内容を一部編集(注釈を入れるなど)し、転載したものです。

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