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自動運転の実装化で達成されるものとは――鉄道における自動運転の動向と期待

幅広い領域にわたる鉄道の技術分野、その中でも世間からの注目が集まるテーマの一つが自動運転です。
様々な技術の結晶として、または労働人口の減少や過疎地域での公共交通維持といった社会課題への有効な対策として、鉄道事業者や信号・通信分野のメーカーなどが、新規の技術開発や実証実験、既に実用化されているものの改良などに取り組んでいます。

今回は、制御動力学を専門とされ、モビリティの自動運転の研究にも取り組まれている、
東京大学 モビリティ・イノベーション連携研究機構機構長 生産技術研究所次世代モビリティ研究センター教授の須田義大先生が執筆され、『JRガゼット』2024年1月号に寄稿いただいた記事を一部編集・転載して、鉄道における自動運転の動向、そしてこれからの期待について取りあげます。

それではどうぞ!


1.はじめに

我が国においても鉄道の自動運転が急速に注目を受け、独自の方式を含めて新たな自動運転が実装化されようとしている。

もともと、鉄道は、線路に拘束されて走行し、地上の分岐器によって進路が決定され、地上の信号機に従い衝突防止が図られる仕組みであるため、運転士による操縦の自由度は少ないシステムである。2次元空間を自由に走行できる自動車とは違い、ある意味、自動運転がやりやすいとも考えられる。

そのため、ゴムタイヤ方式の新交通システムでは、1980年代に、すでにシステムによる無人運転が実用化している。鉄輪においても、古くから地下鉄日比谷線で、ボタンひとつの操作で、出発から停止まで自動で走行する自動運転が実用化を果たし、運転士が乗車して運転するATO*方式(後述のGoA2)は、地下鉄や都市鉄道に幅広く普及している。

ATO*…自動列車運転装置。列車が動き始めてから停止するまでに必要な操作を自動的に行い、制限速度内での運転を実現するもの。

自動車においては、ここ数年で急速に自動運転への期待が高まり、我が国においても、ついにレベル4といわれる、ドライバによる運転が必要のない無人運転方式の公道走行も限定的な条件のもと、認められるようになり、実装化を果たした。

同じ時期に、鉄道の自動運転も運転士不足の課題が顕著になってきたこともあり、踏切がなく、ホームドアが整備された地下鉄路線以外の幅広い在来線、さらには新幹線での自動運転化の試みが多くの鉄道事業者によって進められている。本稿では、これらの動向と課題、そして期待を紹介したいと思う。

2.交通システムにおける自動運転の歴史と定義

交通システムにおいては、発進と停止、速度制御、鉄道以外においては、進路の選択が一般的に人間によって行われる。この車両を操縦する立場の人間は、乗り物によって、運転士、ドライバ、パイロットなど名称が違うが、基本的に人間の責任で走行するのが基本であった。

しかし、人間はミスを犯す。人間は単純な作業を繰り返し行うのは不得意である。そのため、安全性の向上、さらにはスピードアップへの対応として、システムによる動作を優先させる自動化が、鉄道では早くから実用化してきた。
いまだ自動車では実現していない、信号を無視すれば自動的に停止するATSは、路面電車など一部の鉄道以外では義務付けられているし、速度制御を実現するATC、それをさらに進化させたATOもこなれた技術になっている。

今日、自動運転として関心が寄せられているのは、このような運転士をバックアップする運転保安装置ではなく、運転士の操縦動作を自動化しようという試みである。自動運転はGoA0から4までに図1のように定義される。

図1 鉄道の自動化のレベル(国土交通省報告書より引用)

運転士を含む乗務員が一切乗車しないでシステムがすべての運転を担うGoA4が、最終の目標となるが、この方式は、我が国で1980年代に神戸の新交通システムなどで、すでに実用化したものである。

我が国においては、地下区間がないゴムタイヤ方式で、神戸新交通、大阪市ニュートラム、東京臨海新交通ゆりかもめ、横浜シーサイドライン、都営日暮里・舎人ライナーですでに長年の経験と実績があるが、鉄輪方式では、福岡地下鉄七隈線で導入検討され、GoA4相当のシステムをもちながらも、GoA2で運行しているのに留まっていた(図2)。

図2 福岡市交通局 七隈線

一方、海外では、ホームドアの設置がなく、鉄輪方式で、地下区間もある路線でも、カナダ・バンクーバーのスカイトレイン、イギリス・ドックランドなどで、無人運転が実現し、現在では、欧米のみならず中国、韓国、アジア諸国でも導入されている。

GoA3については、舞浜リゾートラインにおいて、先頭には乗務員がおらず、車掌が乗務するという形態で実現している。

3.近年の動向:新たなチャレンジ

近年、鉄道事業者において、踏切道を含む一般路線において自動運転を実施しようとする動きが顕著になってきた。
従来の考えでは、自動運転の導入については、ATO等のバックアップシステムの整備、ホームドア又は可動式ホーム柵の設置、火災等の異常時対応・乗客の避難誘導についての配慮、踏切道の排除などが必要であったが、それを整備するためには、新設路線でない限り、在来の鉄道に導入するハードルは非常に高くなる。

ただでも、運転士不足、少子高齢化・人口減少による乗客の減少、さらに新型コロナ感染症の蔓延により移動の制限が顕著となるといった経営環境の中、多大な投資は困難である。
技術開発の進展とともに、経費節減が期待できる自動運転の実用化が強く求められるようになった。

このような背景の下、2022年9月には、国土交通省の「鉄道における自動運転技術検討会」の報告書が取りまとめられ、ATOを用いず、ホーム柵も設けず、踏切区間であっても自動運転が実施できる道が開けたのである。

さらに、我が国独自の方式である、GoA2.5、すなわち、動力車操縦者免許を有しない乗務員が運転台に乗務する新たな方式が提案され、一般路線における自動運転が広く実装化できる環境が整ったと思われる。

また、新幹線においても、JR東日本における車両基地への回送線での自動運転や、JR東海の運転速度を高度に制御して安定輸送を確保しようとする自動運転などの試みもある。

在来線での自動運転の実証実験は、JR九州の香椎線、JR東日本の山手線、JR西日本の大阪環状線での取り組みのほか、東武鉄道、南海電鉄、東京メトロ、大阪高速電気軌道(Osaka Metro)等での取り組み等が、すでに公表されており、様々な視点から実証実験が継続されている。

現在のところ、GoA3を目指しているのは、東武鉄道の大師線であり、短区間での運用であるが実現すれば、鉄輪方式では初の試みとなり期待が大きい。実現のために必要な実証実験として、前方障害物検知について、すでに、営業線での検証実験も始めており、ホームドアがない路線でのGoA3は、今後の他区間への展開も期待される。

すでに実装化の道筋がつけられたのが、JR九州での香椎線のGoA2.5の取り組みである(図3)。

図3 JR九州 香椎線GoA2.5の実証実験

2024年にも実用化が図られる見込み*であり、運転免許をもたない自動運転乗務員が前方監視と非常事態に対応する自動運転が実現する。

実用化が図られる見込み*…この記事の初出後に、2024年3月16日から香椎線においてGoA2.5自動運転を営業運転で開始する旨をJR九州が発表しています。

JR九州「2024年3月16日より2つの「自動運転」を開始します!」(2月22日)

踏切の存在やATSによる保安装置といった、一般鉄道での実用化と普及への筋道をつけるチャレンジとして、大いに期待される。実証実験で得られた知見として、自動運転の導入により、運転士が計器の確認よりも前方への注視にかける時間が増えたとの報告もあり、運転士の養成コストの削減だけではなく、安全性への貢献もあることが示されている。

香椎線の車両は、架線のあるところで充電し、バッテリィ駆動で走行する新たな方式も併せて採用されており、今後の鉄道の在り方に先鞭をつける取り組みと考えられる。
JR九州では、鹿児島本線においても、GoA2の導入も進められており、技術の進化と経験の蓄積を踏まえて、コストダウンと安全性の両立が図られると考えられる。

4.自動運転の課題と今後の期待

鉄道での新たな自動運転の実装化が始まりつつあるが、自動運転は本来目的ではなく手段であり、自動運転によって何が達成できるかが重要である。現在のところ、運転士不足や、運転士の養成に時間と費用がかかるため、それを抑えたいという事業者目線で語られることが多い。安全性の向上も見込まれることももっと理解されるべきかと思われる。

自動運転については、技術的な観点から技術革新が求められる。自動運転には、認知・判断・操作の自動化ということが重要であり、鉄道の場合は、制動距離が長くなることから、運行速度が高くなると、より遠方の障害物の検知が必要になる。
車両による自律センサのみならず、軌道からの情報を活用するという鉄道特有の利点を活用することも考えられる。

また、海外では地下鉄を含む広い路線で実現しているGoA3が我が国では実装化されていなかった理由として、異常時対応と社会受容性の視点がある。制度としての制約がなくなった現在、事業者と利用者の受容性が実用化への重要な視点となる。

今までは、利用者目線で自動運転が語られることはあまりなかったように思われる。利用者の安心感の確保という観点では議論はされるが、自動運転を推進することによって、もっと積極的に利用者のメリットが得られるという視点も検討するべきではないであろうか。

自動車の自動運転では、オンデマンド交通や無人ロボットタクシーへの適用などが描かれている。
鉄道においても、ドライバレスが実現できれば、運行頻度の増大や、利用者の需要にフレキシブルに対応する運行の実現など、利用者が待ち時間なく、しかも快適に利用できるシステムへの変貌が期待できる。

自動運転そのものの制度ではなく、鉄道全体の制度も見直す必要もでてくるだろうが、自動運転を通じて、鉄道が公共交通の要として今後も発展していくビジョンを描かれていくことを期待したい。

鉄道就活応援隊編集部より

みなさんには、鉄道における自動運転の来歴や定義、現状と課題、そして今後の期待について述べられた文章を読んでいただきました。

自動運転の推進によって何が達成されるかについて、安全性の向上が見込まれるという要素、そして利用者のメリットが得られるという視点をより積極的に検討すべきという提言は、鉄道に関わる仕事を目指すみなさんにとっても重要な示唆ではなかったでしょうか。

この記事を通じて、みなさんが鉄道業界を目指すにあたって必要な業界への理解を深めることができれば幸いです。
なお自動運転については、別記事で編集部がGoAの内容などについて解説した記事もありますので、あわせてご覧ください。

今回の内容は、運輸交通業の"今"が分かる専門情報誌、『JRガゼット』2024年1月号に掲載された、東京大学 モビリティ・イノベーション連携研究機構機構長 生産技術研究所次世代モビリティ研究センター教授の須田義大さん執筆「鉄道における自動運転の動向と期待」から内容を一部編集(注釈を入れるなど)し、転載したものです。

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