鉄道が環境にやさしいって本当? 数字による比較からカーボンニュートラルの実現に向けた最新の取り組みまで解説
「鉄道は環境にやさしい」という漠然としたイメージは、多くの人に共有されているところでしょう。
しかし、その理由や他の輸送手段との比較まで踏み込んで調べた経験のある人は意外と多くないのでしょうか。
この記事では、そんな「鉄道は環境にやさしい」というのが実際どの程度妥当なのか、そして鉄道と環境の関わりについて、特に「鉄道輸送の特徴」「カーボンニュートラルの実現」という点に絞って取りあげます。
なお貨物輸送や駅施設、サービスについてはまた別の機会に取りあげたいと考えていますので、今後の記事更新をお待ちください。
数字で見る鉄道の環境優位性
一般に、鉄道は環境にやさしい輸送手段とされています。
たとえば、国土交通省が公表している資料では、旅客輸送における輸送量当たりの二酸化炭素排出量を自家用車、航空、バス、鉄道で比較すると、鉄道がもっとも少ないことが示されています。
これは鉄道の特性である
大量輸送が可能であること
走行時のエネルギー効率が高い(レールと車輪の間にはたらく転がり抵抗が、ゴムタイヤと路面の間のそれに比べて小さい)
化石燃料ではなく電気を動力源とする車両が多い
ことなどが理由であると考えられます。
ただし、これも乗客がある程度乗っている列車での輸送が前提です。
ローカル線をめぐる議論では、乗客が少ない場合はその特性を活かせず、他の輸送手段と比較して優れているとはいえないことがたびたび取りあげられます。
このような例外はありますが、二酸化炭素を含む温室効果ガスの排出量の面から、鉄道は環境にやさしい輸送手段であるといえます。
カーボンニュートラルへの取り組み
鉄道は環境にやさしい輸送手段であるとはいえ、温室効果ガスの排出量削減の余地があるというのもまた事実であり、より踏み込んだ温室効果ガスの排出量削減、カーボンニュートラルの実現に向けた動きが見られます。
カーボンニュートラルとは
カーボンニュートラルとは「温室効果ガスの排出が全体としてゼロ」になっている状態を指します。
この「排出が全体としてゼロ」というのは、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスについて、政府や企業、個人の活動による「排出量」から植林、森林管理などによる「吸収量」を差し引いた合計が実質的にゼロになることを意味しています。
日本においては2020年10月に政府が「2050年までのカーボンニュートラル実現を目指すこと」を宣言しており、各分野において実現に向けた動きが生じている段階です。詳しくは環境省のWebサイトもご覧ください。
鉄道分野におけるカーボンニュートラル実現に向けた取り組み
カーボンニュートラルについて解説したところで、実現に向けた鉄道業界の取り組みを見てみましょう。
2023年5月26日、国土交通省から「目標値の設定やロードマップを含む『鉄道分野のカーボンニュートラルが目指すべき姿』」として、「鉄道分野におけるカーボンニュートラル加速化検討会」の最終とりまとめが発表されました。
その中では鉄道事業者が取り組むべき方向性と目指すべき姿として、
鉄道事業そのものの脱炭素化(鉄道の脱炭素)
省エネ車両の導入や、気動車の電化・非化石化(バイオディーゼル燃料の導入)などによる二酸化炭素の排出量削減鉄道アセットを活用した脱炭素化(鉄道による脱炭素)
鉄道アセットを活用した再生可能エネルギー発電・蓄電の導入加速化や、鉄道の架線を送電線と兼用することによる鉄道網の送電網化、鉄道による水素のサプライチェーン構築などによる二酸化炭素の排出量削減鉄道利用を通じた脱炭素化(鉄道が支える脱炭素)
鉄道輸送の快適性・利便性の向上、二酸化炭素排出削減効果の可視化などによる鉄道利用の推進を通じた二酸化炭素の排出量削減
が挙げられています。この中から、既に実現されている取り組み、現在実証実験段階にある取り組みについていくつか取りあげます。
電車の省エネ化
電車は、動力源に化石燃料を用いないため環境にやさしい乗り物であるとされています。
一方、同じ電車でも新旧の車両の間で消費電力量には大きな差があります。その理由の一つが、電力を適切な形に変換してモーターを駆動するための装置、制御装置の違いです。
この制御装置に「抵抗制御」や「チョッパ制御」といった古いタイプを採用している車両であったり、制御装置に使用される半導体装置の構造・半導体装置に用いられる素材が旧型であったりするために、エネルギー効率が悪い車両が今も残存しています。
鉄道車両は一般的な傾向として(特に古い車両ほど)耐用年数が長く、30年、40年といった単位で活躍する車両も珍しくないためです。
そうした車両については、制御装置を「VVVFインバータ制御」という方式でかつSiC(シリコンカーバイド)を素材として使用する車両に置き換えることで消費電力量が大きく削減できるとされています。
たとえば、JR東海が2022年から投入している在来線向け車両315系においては、モーターを駆動するインバータ装置にSiC素子を導入するなどの省エネルギ ー化を図り、電力消費量を約35%低減(従来型の211系比)することに成功しています。
ここまで挙げた新しい制御装置の導入や、回生電力(車両が減速する際に、モーターを発電機として使用することで生まれる電力)の更なる活用など、電車の省エネ化にはまだまだ発展の余地が残されているのです。
非電化路線における脱炭素化
ここまで述べたように、鉄道が環境にやさしい輸送手段とされる理由は、電車によるところが大きいです。しかし、実際には日本の鉄道全てが電化されているわけではありません。
一般的な傾向として、利用者が少ない路線は気動車での運行が中心です。電化設備は設置や維持にかかる費用が大きく、利用者が少ない路線で採用するのは経済的ではないためです。
そんな非電化路線における列車運行についても、環境への負荷を減らすため脱炭素化、つまり化石燃料からの脱却を目指す取り組みが進んでいます。
たとえば、JR東日本では、蓄電池に充電した電力で走る蓄電池駆動電車「ACCUM」が烏山線・東北本線(宇都宮線)に投入されているほか、2022年3月からは、水素を燃料とする燃料電池と蓄電池、2つのエネルギー源を利用して走るハイブリッド車両「HYBARI」の試験走行が南武線・鶴見線で実施されています。
なお、この「HYBARI」の燃料電池には、燃料電池車「MIRAI」で実績のあるトヨタ自動車が開発したものが採用されているほか、実証実験の実施においてもアドバイスを受けるとのこと。鉄道業界と自動車業界、異業種のコラボレーションとしても注目を集めています。
他方、JR東海やJR西日本では、次世代バイオディーゼル燃料の導入に向けた実証実験が進められています。
従来のバイオディーゼル燃料を一般的なエンジンで利用するには軽油との混合が必要で、その割合にも制限がありました。しかし分子構造が軽油と同じ次世代バイオディーゼル燃料では100%の置き換えが可能になっています。
なお、バイオディーゼル燃料も、燃焼時に二酸化炭素を排出するのは化石燃料と同じです。しかし原料となる微細藻類や植物は生育時に光合成で二酸化炭素を吸収しているため、燃焼中の二酸化炭素排出は相殺され、実質ゼロになると考えられるのです。
次世代バイオディーゼル燃料の実用化が実現すれば、地方路線を中心に運行されている気動車の運行によって排出される二酸化炭素は車両を更新しなくても実質ゼロになります。
蓄電池駆動電車やハイブリッド車両といった新たな方式で走る車両と、次世代バイオディーゼル燃料という二つのトピックス、そして燃料電池やバイオディーゼル燃料の開発元である「鉄道業界外の各社」との協業には今後注目です。
路線全体でのカーボンニュートラルの実現
鉄道分野におけるカーボンニュートラルの実現に向けた取り組みとしては最後に、JR西日本が発表した、同社管内では初めてとなる「路線全体のカーボンニュートラル実現」を取りあげます。
2022年11月、JR西日本は、大阪府のJRゆめ咲線(桜島線)を「カーボンニュートラル線区」と位置づけ、再生可能エネルギー由来の電力を活用して運行することを発表しました。
同線は、2025年「大阪・関西万博」のアクセスルートにもなることが想定されていますが、終着駅の桜島駅と万博会場を結ぶシャトルバスにもEVバスの導入を目指すとしており、ゆめ咲線とバスによる万博アクセスルート全体を、「ゆめ咲グリーンルート」として運行することを目指しています。
まとめ
なお、ここまで鉄道と環境問題の関わりの中から、特に「鉄道輸送の特徴」「カーボンニュートラルの実現」を取りあげて説明してきました。
他方、鉄道においては貨物輸送、そして駅施設やサービスにおいても環境負荷の低減に向けた取り組みがなされています。これについてはまた別の機会に取りあげたいと考えています。
また、実際に会社を選ぶ際には、環境問題への取り組みだけでなく
会社ごとの事業構造や強みといった違い
会社の目指す方向性や希望する仕事ができる可能性、勤務地といった様々なポイントを比較検討すること
といった点も重要であろうことかと思います。鉄道に関わる会社の事業構造や強みを分析する記事は、以下のリンクからどうぞ!
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