【就活生必見】岩倉高等学校 大日方樹教諭に鉄道業界の就職環境、そして求められる人材像をインタビュー
進展するデジタル化、地方の人口減少、そしてコロナ禍による影響。
かつて「安定した仕事」のイメージが強かった鉄道業界も、いまは激しい変化の中にあります。
その中にあって鉄道業界から必要とされる人材とは、一体どのような人なのでしょうか。
鉄道就活応援隊では、多くの卒業生を鉄道・運輸業界に送り出してきた岩倉高等学校(東京都台東区)で教壇に立ち、鉄道業界を目指す高校生の採用に日々向き合っている大日方樹(おびなた いつき)先生にインタビューを実施。
自らも鉄道会社の社員として働いた経験があり、現在の鉄道業界の就職環境にも詳しい先生から、鉄道業界の直面する課題や、それでも鉄道業界を目指す意味、そして求められる人材像について率直に語っていただきました。
鉄道業界を目指すあなたに読んでほしい内容盛りだくさんです! それではどうぞ!
鉄道業界は人手不足? 就職環境について
――まずは大日方先生について教えてください
大日方 東京・上野にある岩倉高等学校で、主に鉄道ビジネスを専門的に学ぶ、運輸科の教員をしています。私自身もこの学校の卒業生で、卒業後は相模鉄道株式会社に入社し、運転士をしていました。
そして、在職中に通信教育で教員免許を取得し、後進を育成するべく34歳の時に母校に戻り今に至ります。現在では運輸科の授業のほか、生徒への就職指導を行っています。他にも、鉄道模型部の顧問をしております。
――鉄道業界への就職に精通している先生ですが、率直に現在の鉄道業界への就職環境をおしえてください。
大日方 昨今、首都圏を中心に運転士のみで列車を運行するワンマン化や、様々な自動化が進んでいます。
ある鉄道会社では、駅員や乗務員へのコースとなる“駅採用”の募集人数を見ると、人員余剰が出た関係で2023年度には採用がないケースがありました。
ただ、新型コロナウイルスの状況が変化し鉄道利用が復調傾向にあり、定年を迎える社員もいる中、2024年度は駅採用が再開されています。
今の鉄道業界は“人手不足”が深刻で、これは鉄道業界も例外ではなく、“働き方改革”を経て残業の扱いが非常に厳格になり、今までの業務を回すだけでもより多くの人員が必要になったというのが主な理由です。
加えて、注目すべき点は保線作業などを行う土木や建築、車両の検修などを行う技術系の業種に関してで、どこの鉄道会社も必要な人材確保に苦戦し、募集人数に対しての定員割れや人員不足が深刻になっています。
安全運行に関わる大切な業務ということもあり、応募があり、かつ、定員割れが起きていても適性がなく採用に至らないケースもあります。中途採用を新たに開始した会社も出てきています。
現場に出る、いわゆる現業職になかなか人が集まらない理由としては、コロナ禍で会社に出勤せずにオンラインで働く、といったスタイルが生まれた中で、「わざわざ日々出勤をしてまで仕事をしなくても……」と思う人が増えてきたことも影響があると思っています。
また、高卒での就職の場合、本人だけでなく、保護者から受ける影響もあります。
例えば保護者からすれば同じ鉄道の仕事でも、土木や技術系といった利用者の目に触れづらい職種ではなく、見えやすい駅員や乗務員になってほしい、といった思いが強いことはあります。
――僕が高校生の頃は「憧れの的で入ることすら難しい」といった印象だったのですが、現状は少し違うのですね
大日方 本校では鉄道会社さまなどにご協力いただいて、鉄道業に特化した企業説明会を開催しているのですが、今まであまりご縁がなかった企業さまからも「ぜひ参加したい」というお声をいただくようになり、直近ではご参加いただく企業さまも20社を超えるようになってきました。
生徒の就職活動に視線を向けると、かつては第三希望まで頑張って、やっと就職先が決まる、といった状況も見受けられましたが、今年度は第一希望に入社が決まった生徒が例年よりも増加したり、年内にほぼ全員の就職が決まるといった変化がありました。
それくらい今、鉄道業界には技術系を中心に「人が足りない」といったリアルな現状があります。
この先、どうしても乗務員系は自動化が進み、必要な人数は減っていく方向にあるのは間違いないので、本校で実施しているインターンシップでもこれまでの駅務体験を中心にしたものだけでなく、より若い人材が求められている、土木や保線業務の見学、体験などが出来るよう企業と調整をさせていただきました。
――鉄道業の離職率がやや高い傾向にあると感じていますが、これについてどう思いますか
大日方 責任重大な業務内容と給料のバランス、泊まり勤務などの身体的負担があります。
そして、長時間の運休やトラブルが起こると過剰にメディアに報道されたり、利用者から責められがちですよね。
こういったことから、職種としての魅力低減や、「そんな思いをしてまでこの仕事を選ばなくても」と思う人はいるかもしれません。
また、鉄道業界の中でも業務のスタイルが異なり、同じような仕事にも関わらず、より負担の少ない勤務形態を取っている会社に魅了されて、業界の中で転職をするということが起きています。
加えて、鉄道の運転免許である動力車操縦者運転免許*を今いる会社で取得後、よりよい条件の鉄道会社に転職してしまうというケースもあり、運転士の人数が少ない、規模の小さな鉄道会社では大きな問題になってしまいます。
でも、会社としては引き止められる強制力はないので悩ましい所です。
鉄道は公共交通手段の中でも最も身近な存在の一つです。
例えば、電車に毎日乗る人はたくさんいますが飛行機に毎日乗る人はいませんよね。それが故に、厳しいご意見をいただく機会も多くなります。
でも身近で見えやすい存在だからこそ、それ自体がやりがいにつながるとも思います。
鉄道会社の採用形態が変わる?
大日方 現在では、駅務系と技術系というように、ある程度業務別に求人が出ていますが、一定数の応募がある駅務系と専門的業務のイメージが強い技術系とで、同じ会社内でも倍率に差が出る状態が続いています。
そのため今後は就職希望者が業種を選ぶのではなく、会社側が一括で採用し、就職後、会社側が適正を見極めつつ人員配置を行うという形態が増えていくことも予想されます。
――そうなると「この仕事がしたい」という自身の思いが叶えられないかもしれない?
大日方 ただ全社一斉にそうなることはないと思いますし、職種別に求人を出し続ける会社を選ぶという方法もあります。
現在でも、同じ会社の中で就きたい業種の希望を「第一希望は駅務、第二希望は電気」といった形で応募ができる会社があります。採用試験の結果で駅務ではなく電気の枠で採用になることもありますが、第二希望として選択したので納得した上での入社となります。
その場合、第一希望の業種ではないけれど、その会社には入ることができる。ここが一つの分岐点になりますが、あえて第二希望を書かないか採用試験を受けないという選択肢もあって、そのあたりはある意味、学生にとって悩ましい部分といえます。
「乗務員になって終わり」ではない――入社後のキャリアパスの変化
大日方 かつては電気や保線系の採用からは乗務員に行けないといったこともありましたが、最近ではこうした壁もなくなってきた会社もありますし、就職後に本人の希望を聞きつつ、配属先が決まる会社もあります。
全体の風潮としては、まずは人員の確保が優先で、一度本社勤務やグループ会社に出向したとしても、再び運転業務に就くこともあります。それくらい鉄道会社に就職すると、自身が行う仕事は多岐にわたる可能性があります。
鉄道会社の業務は多岐にわたるため、輸送の現場だけでなく、街づくりや不動産、商事など様々な業種に事業を展開していく中、全く畑違いのところに異動する可能性もあります。
そのため、むしろ土木系や電気・通信などの専門職だけを追求したいと思っていた生徒は、あえて鉄道会社本体ではなく、現場職専門のグループ会社に就職したというケースもありました。
――鉄道会社本体でもこのような状況だとグループ会社などはより人材確保は厳しい状況ですか?
大日方 正直言って厳しい状況です。
まず本体の会社に人材が集まりやすいため、グループ会社への応募は少ない傾向です。ただ、車両メーカーや車両整備など鉄道車両に関する企業は応募が集まる企業もあります。
そのため、グループ会社内でも本来の業務がすべて受注できないといった事象もあります。ただ、そのままでは収入が減る一方なので、本業とは異なるファン向けのグッズなどを開発して、少ない人員でもこなせる新しいマーケットを開拓していったりしています。
――やはり人気なのは大手の鉄道会社ですか?
大日方 そうですね、大手を目指す生徒が多いのですが、中小の会社を選ぶ生徒もいます。地方の会社が好きだ、地元の会社で働きたい、という生徒だったり……今はそれだけ選べる選択肢があるという良い傾向かと思います。
また、会社毎に就職時に重視するスキルが異なることもあり、それが会社選びの基準になることもあります。
例えば技術系の仕事にもクレペリン検査を必要とする会社もあれば、不要な会社もあったり、学科試験を重視する会社もあったりしますね。
――鉄道業界への就職で高卒採用が多いのはなぜですか
大日方 企業サイドとしても人材育成の面から、早くから自社に入ってもらうことで、より自社のプロフェッショナルになってもらえるということがありますね。
長く勤めてもらえる、というのもありがたい。高卒入社の定着率は、大卒や中途採用の人材に比べて高い傾向があります。
採用人数も多い高卒採用のタイミングは重要で、このタイミングに向けて専門性のある学習ができるのは本校の長所だと思います。
元鉄道マンの語る鉄道業の魅力と、「長期ビジョンを持つ」ことの大切さ
――やや厳しいお話が続いていますが、貴校の生徒のみなさんのように鉄道業界を目指す方もたくさんいらっしゃいます。改めて鉄道業の魅力というのはどんなところでしょうか。
大日方 鉄道会社というのは先述のとおり、単に鉄道を運行するだけでなく、不動産業やサービス業、商事など、業種の「デパート」のような会社です。
こういった企業というのは、鉄道業以外ではあまりありませんし、企業の規模が大きな分、就職後も大学へ再度入学できる制度や各種研修制度、海外赴任など自身の可能性を広げるチャンスを展開している会社も多いです。
そして、輸送の現場では、航空業界などと異なり、身近で、かつ、社会のインフラを支え、乗客の命をお預かりするという、ほかに類を見ない鉄道業特有の大きなやりがいがあります。
鉄道の仕事というと、やはり駅員や乗務員など見える仕事を想像しがちで、そうした業務に憧れる方も少なくありません。
ですが、例えば就職試験の面接の場などで、
「乗務員になって安全運行に従事したい」
と話すと、それは異動の可能性も考えると、入社後直近5年程度の目標でしかないので、より長いスパンでの目標やビジョンが求められるようになってきています。
面接官も元々は乗務員だったりするので(笑)
あとは鉄道が好きだ、という思いもやりがいのひとつにはなると思っています。
――一方でずっと現場にいるというキャリアスタイルもある?
大日方 私の同期でも20年以上運転士という人もいます。
やはりスキルが求められる仕事でもあるので、確かに異動で様々な部署に配置できる人材のほうが会社サイドとしては都合はいいかもしれませんが、全員が全員それでは困るということもいえます。長く経験されているからこそ後輩に伝えられることもあるはずですので。
でも就職担当の教員としては「ずっと乗務員でありたい」というのを後押しするのは少々難しいので、生徒には、現職にこだわるのであれば乗務員を経て、駅長や指導する立場を目指すといったビジョンは持つように、とアドバイスしています。
車両を作る仕事に就くのならば、ただ作るだけなのか、それを他社に売り込むといったところまで描けるのか。そういった先の展望を持つことが大切です。
求められる人材像
――ワンマン運転や自動化で運行の現場の省力化が進む中、求められる人材像も変わってきましたか?
大日方 これからはありとあらゆる業務をこなせる、異動した先でも新しいスキルにチャレンジできる人材が求められるように感じます。一方で本社勤務だとしても、現場特有の責務を知ることは絶対必要です。
ただ本社でデスクワークをするのではなく、乗務員ならお客さまの命を預かるというプレッシャーや直接利用者と触れ合う駅員特有のストレスなど……みんなで鉄道の仕事を回していく、そんな意識でしょうか。
例えば、車掌から車両整備を経験したり、工務系から運転士の仕事を経験するなど、これまでにない異動によって他の職種を経験することで、社員全員が多くの職種を経験している「プロ集団の会社」となることが求められてくるのかもしれません。
先にも挙げた入社後のキャリアアップ制度や留学制度を活用し、チャレンジしていくことで自分の可能性が広がっていくと思います。
ちょうど最近の業界誌にも書かれていたのですが、TASC*など自動ブレーキシステムなどを否定するのか、それとも機械とともに新しい安全を作っていくのか。どのように考えるかですよね。
やはり「機械よりも人の手で」と思う人もいるかもしれないですが、例えば機械に任せるところは任せて、自身はほかの安全業務に集中することもできるので、それがより安全運行につながる結果になるかもしれない。
新しいものをどのように活用していくのか、そうした前向きな考え方をしたほうがいいかなと思います。
自動改札機が広がりを見せて数十年、駅員が削減され、今ではそれが当たり前の世の中になっています。
現在も自動・省力化が進む乗務員の仕事は無くなりこそしないが、増えることはないでしょう。もしかしたら安全要員ではなく、観光列車のようにサービス特化型の乗務員などが増えてくるかもしれませんね。
しかし、検修や保線などは経験や感覚が重要な分野でもあり、こうした業種は今後も人間がやっていくことになるのではと想像しています。
――どういう人が鉄道業界で長続きしやすい?
大日方 ある程度職種を選ばず、どんな仕事でも積極的に捉えていける人でしょうか。どこかで「仕事だから」と割り切って考えることも必要だと思います。
でも、いろいろなものへの興味関心は大事です。仕事を楽しむことができるようになると、例えばJR東海が実施した“東海道新幹線の中でプロレス”みたいな斬新な企画を立案できるかもしれない(笑)
逆に辞めてしまう人の傾向としては身体的な理由が多い気がします。現場なら体力や泊まり勤務が辛くてというものもあると思います。あとは入社後に適性が基準に達することができず離職する、という場合もあります。
――先生自身も鉄道会社から転職したお一人ですが、どんな思いで転職を決めたのですか
大日方 「人生一度きり」だからと思ったからです(笑) 前職では在籍中にサービス介助士の資格を取っただけでなく、サービス介助士のインストラクターになることができる講座を見つけて、インストラクターの資格まで取ったんです。
当時の仕事としてはあまり必要のない資格ですが、決まった時間内にカリキュラムをこなし、人に教える、という仕事をこの時に経験したのは今の仕事に活きています。
またサービス介助士のプログラムを授業に入れこむこともできました。
私が勤務していた鉄道会社の同期たちが駅長などになっているのを見ると、「そうしたライフスタイルもあったのかな」とふと思うこともありますが、それ以上に自分の教え子が働いている姿を見ることができたり、これまでの経験を講演会などでお話をする機会をいただき、いろいろな方に出会うこともできたのでいいこともたくさんあります。
――なるほど。ところで、企業の中には「鉄道が好きな人を採用したいわけではない」ということを聞くこともありますが……
大日方 例えば音楽業界で「音楽が好きな人が就職したら困る」なんてことはないじゃないですか。だから鉄道が好きでいいと思います。
最近は珍しい車両を並べて行う、有料撮影会や運転体験など、新しいビジネスが生まれてきていますが、これこそ鉄道が好きじゃないと顧客のニーズはわからないですよね(笑)
いろいろな視点を持ち、様々な経験をされている人が必要だと思います。
編集部より
業界全体を通して人手不足と言われる鉄道業界ですが、私たちのかけがえのない日常を支えてくれる大きなやりがいを感じることができる鉄道の仕事。
入社後も他の職種に類を見ない多岐にわたる業務など、新しいことに積極的にチャレンジできる人材が求められるという言葉は印象的であり、鉄道業界ならではの魅力も感じました。
大日方先生ありがとうございました。
なお、大日方先生が教壇に立っている岩倉高校の卒業生にも地域鉄道に就職した例があり、違う鉄道会社に入社した2人が、同窓の縁で会社の枠をこえ車内に掲出するポスターを合同作成したこともあります。
この記事を読んだあなたが、鉄道業界の中にも様々な職種や企業の選択肢があることを知った上で、ぜひとも自身にぴったりの進路を見つけられるように応援しています!
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また、「鉄道就活応援隊」のnoteでは、この記事の他に鉄道業界で働く現役社員の方にインタビューした記事もまとめています。ぜひご覧ください!
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2024年1月取材
聞き取り・文・高田馬場駅のものを除く写真の撮影:村上悠太
企画・構成:交通新聞社
※記事中の情報は、この記事を公開した当時のものです。