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運転士はボタンを押す仕事になる?――就活生向け 鉄道業界ひとくち解説「自動運転」

鉄道業界のことを知って、企業選びやES、面接のヒントにしようという「鉄道ひとくち解説」シリーズ第3回のテーマは「自動運転」です。
……この記事にたどり着いた学生の皆さんは、もしかしたらこう思うかもしれません。

「そもそも鉄道の自動運転って就活に関係あるの?」

結論から言うと、あります。

もちろん今すぐ日本全国の鉄道が自動運転に切り替わるわけではありませんが、自動運転は大都市圏のみならず、様々な鉄道会社における課題として認識され始めています。

たとえば「交通新聞 電子版」で「自動運転」で検索すると、多くの記事がヒットします。

「自動運転」の検索結果(直近1年)
(上記のリンク先からは本来有料になっている記事全文が見られる
のでぜひ活用してみてください)。
運転士になりたい方や、電気・通信系のメーカーで信号システムの開発に携わりたいという方などは、まさにこれから直面する課題です。

鉄道に関わる仕事を目指す方全体にとっても、鉄道の自動運転について知ることは、きっとあなたの就職活動、そしてその先のキャリアの役に立つはずです。

この記事では、鉄道の自動運転について

  • 自動運転の定義

  • 日本における自動運転の実用例

  • これからの課題

  • 自動運転に関係する技術・会社

の4つを解説します。


知っておきたい、鉄道における自動運転の定義

「自動運転」と聞くと、まず想像されるのは「運転席には誰もおらず、コンピューターによって自動制御される車両による運転」といった光景かもしれません。
もちろんこれも自動運転に含まれるのですが、実際の定義としてはもう少し広い範囲を指し、人が乗る場合も自動運転の定義に含みます

たとえば、「駅に止まった状態から、運転席で運転士がボタンを押すと列車が走りだし、次の駅が近づくと自動で速度を落とし、決められた停車位置に停車」するもの。
これはATO(自動列車運転装置)を用いた自動運転です。東京メトロ丸ノ内線や南北線などで実用化されています。

鉄道の自動運転について、もう少し詳しく見てみましょう。
UITP(国際公共交通連合)が定めた分類においては、鉄道の運転はGoA(Grade of Automation)0~4で区別されます。

国土交通省「鉄道における自動運転技術検討会」第1回資料より引用

上の図は国土交通省の作成した資料ですが、「乗務形態」の列を見るだけでも大まかにはレベルごとの区別が分かることかと思います。
レベルごとの詳しい説明は省略しますが、就活生の皆さんに覚えておいてほしいのは

  • 自動運転とは無人運転のみを指すのではない(国内ではGoA2以上が自動運転とされる)

  • 現在、国内の鉄道路線はGoA2以下がほとんど

  • 無人運転(GoA4)を行うにはそれぞれ様々な要件が存在し、それを満たす路線は少ない

この3つです。現状および今後の課題について詳しくは後述します。
まず自動運転の定義について分かったところで、次は「なぜいま自動運転が注目されているか」その理由について説明していきます。

なぜいま自動運転が注目されているか

労働人口の減少への対応・コスト削減

労働人口の減少は、鉄道会社が長期的に直面する最も大きな課題の一つです。

人気の職業である運転士ですが、日本の労働人口減少を受け、将来的には人材不足が問題となることが予想されており、一部の地方鉄道では既に現実的な問題となっています。運転本数の多い大都市圏において無人運転(GoA4)が実現した場合、将来的に見込まれる運転士不足の対策として大きな効果を発揮するでしょう。

また、運行コストの削減の面からもドライバレス運転(GoA2.5)が望まれています。かつて、とある鉄道会社が運転士を募集した際に
「訓練費用の約700万円を自腹で負担できること」
を条件として話題になりましたが、国家資格を要し専門性の高い職業である運転士を育てるのには多額の費用と、長い訓練時間がかかります。

たとえ無人運転まで行かなくとも、運転士の資格を持たない人によるドライバレス運転が実現できれば、列車の運転に必要となる人件費を大きく削減することができます。

ダイヤ設定の柔軟性の向上

自動運転の導入は列車のダイヤにも影響を与えます。
たとえば自動運転と高度な保安装置の組み合わせによって、高い精度で列車の運行を制御することにより、通勤通学ラッシュ時などに従来より短い運転間隔で、より多くの本数の列車を運行することが安全に実現できます

またドライバレス運転が実現すれば、従来は運転士の数や勤務時間に制約されていた輸送計画の自由度が上がることも見込まれます。

もちろんダイヤ設定には人だけでなく車両や線路といった数多くの要素を考慮する必要があるわけですが、安全性が向上したり、鉄道の利便性を大きく左右するダイヤ設定が従来より柔軟に行えるようになったりするとあれば、メリットは利用者側にもあると言えるでしょう。

日本における自動運転の実用例

ここまで自動運転、とりわけドライバレス運転が注目を集める理由について説明してきましたが、実は既に国内でもドライバレス運転は実現されています。

GoA4

列車に係員の乗らない、いわゆる「無人運転」です。
神戸のポートライナー(ポートランド線)、大阪のニュートラム(南港ポートタウン線)、東京のゆりかもめ(東京臨海新交通臨海線)などでは、基本的に係員がいっさい搭乗しない運転が定着しています。

なお、2021年10月から11月にかけて上越新幹線の回送線(一般客を乗せた列車が走らない区間)で行われた自動運転の試験は、緊急時に備え運転士が搭乗したものの、実際の運転はATOおよび仮設の指令所から遠隔で行われました。これは将来的なGoA4自動運転の実現を見据えてのものです。

JR東日本-新幹線 E7 系で自動運転の試験を行います(2020年11月10日)

GoA3

添乗員付き自動運転と呼ばれる形態です。GoA2.5との違いは、添乗員が運転室にいないこと。
千葉県のディズニーリゾートラインで実用化されています。そこで、列車に運転士が搭乗することは基本的にありません。しかし、乗客の案内などを担う係員は搭乗しています。

なおGoA2.5はこれまで国内の実用例がありませんでしたが、2024年3月からJR九州が香椎線で営業運転をはじめることが2023年11月30日に発表されました。

JR九州-GOA2.5 自動運転を 2024 年 3 月より開始します(2023年11月30日)

GoA3については、千葉県のディズニーリゾートラインで実用化されています。そこで、列車に運転士が搭乗することは基本的にありません。しかし、乗客の案内などを担う係員は搭乗しています。

2023年5月9日、JR東日本とJR西日本は新幹線における自動運転の実現に向けて技術協力をすることを発表しました。
JR東日本は上越新幹線での営業列車におけるGoA3の実現、JR西日本は北陸新幹線での自動運転実現を目指し、システム開発やコスト削減などの検討を協力して実施するとのことです。

JR東日本・JR西日本-JR東日本とJR西日本は、新幹線の自動運転について技術協力します(2023年5月9日)

GoA2

運転士が搭乗しているが、加速や停止するまでの速度調整は自動で行われるという形態です。運転士は列車の起動を行い、ワンマン運転の列車では、乗客が乗降する際のドアの開け閉めなども行います。

つくばエクスプレスや東京メトロ丸ノ内線、南北線など、ホームドアが整備され踏切がない路線で実用化されています。

これからの課題

ここまで自動運転の実用例を挙げてきました。
思ったよりも実用化が進んでいるのだな、と驚いた方もいるかもしれません。

ただ、現在ドライバレス運転が導入されている路線は、開業時から無人による自動運転の実施を前提に建設された「新交通システム」と呼ばれる、従来の鉄道とは異なる新しい交通システムが中心です。

全線が踏切の無い立体交差であり、駅においてはフルスクリーン式ホームドア(扉が屋根まで届くタイプのホームドアで、安全性が高いとされる)を設置するなど、列車の走行に自動車や歩行者が支障することがない、つまり「周辺環境と鉄道の分離が強い」構造になっているのです。
これは、国土交通省が定めた省令の中で自動運転を行うにあたり必要とされる条件を満たすための措置でもあります。

一方、日本においてはそのような構造になっていない路線が大多数となっています。
そのような路線、つまり踏切があったり可動式のホーム柵(ホームドア)がなかったりする路線では、新交通システムと比べると「周辺環境と鉄道の分離が弱い」と言えます。

今後の課題は、周辺環境と鉄道の分離が弱い路線、つまり一般の路線においても安全な自動運転を実現すること。この問題に取り組んでいる例の一つとして、ここではJR九州の例をご紹介します。

JR九州 香椎線の例 - コスト面の課題

福岡県を走る香椎線は、福岡市内と隣接する糟屋郡の3町を結ぶ、一般的な通勤・通学路線です。踏切があり、資格を持った運転士が列車を運行しています。自動運転の分類上ではGoA1となる路線です。

また、保安装置もATS(自動列車停止装置)というタイプを採用しています。従来、国内の自動運転はATC(自動列車制御装置)というタイプの保安装置が整備された路線でのみ実用化されてきました。

しかし、国内の路線ではATSを採用している路線の方が圧倒的に多く、ATCに変えるには莫大なコストがかかることが課題となっていました。
そのため、JR九州では従来型の保安装置であるATSをベースとしたATS-DKを利用して初期投資のコストを抑えつつ、ドライバレス運転の実現を目指して実証運転を重ねてきました。

2022年2月からは対象となる列車を拡大するなど、実現に向け順調に進んでおり、2023年3月から営業運転で実施されることが発表されました。

JR九州-自動列車運転装置の実証運転区間・対象列車を拡大します(2022年2月22日)
JR九州-GOA2.5 自動運転を 2024 年 3 月より開始します(2023年11月30日)

東武鉄道の例 - 障害物検知の課題

2021年4月20日、東武鉄道では大師線において添乗員付き自動運転(GoA3)の実現に向けた検証を開始すると発表しました。

東武鉄道-鉄道の自動運転(GoA3)実施に向けた検証を東武大師線において開始します(2021年4月20日)

東武鉄道大師線は、東京都の西新井駅から大師前駅の1.0kmを結ぶ短い路線です。途中駅や踏切がなく他路線との直通運転も行われていないため、自動運転の実証運転をするにあたっては好条件だったのでしょう。

東武鉄道は、自動運転にあたっての主な課題を以下の3つであると説明しています。

①走る・止まるを制御する「走行制御」
②外部からの隔離および前方障害物検知等で安全を確保する「走行路上の安全確保」
③異常発生時の対応に必要な「遠隔制御」

東武鉄道「自動運転に必要な障害物検知の検証試験を実施」

①は言わずもがなですね。
②と③については、運行に支障をきたすような物や人が線路上にあった場合でも、運転士や非常停止を行える係員がいる状態と同レベルの対応をするために解決しなくてはいけない課題です。

このうち②に関して、東武鉄道では車上カメラと検知センサ(LiDAR)を組み合わせた「前方障害物検知システム」の実証実験を行っており、日立製作所や三菱電機といった企業と協業していることが発表されています。

東武鉄道-夜間における前方障害物検知システムの検証試験を実施(2022年3月30日)

2022年5月には自動運転システムや保安設備に関して、JR東日本と協力して技術検討をしていくという発表もありました。

東武鉄道・JR東日本-東武鉄道とJR東日本は、ドライバレス運転実現に向け、 協力して検討を進めます(2022年5月24日)

今後さらなる進展がみられることが期待されます。

鉄道会社だけじゃない? 自動運転に関係する技術・会社

ホームドア

バリアフリー化の記事で取り上げたホームドアですが、自動運転においても大きな役割を果たしています。
これは自動運転に限った話ではなく、なるべく線路に人が入らないようにするのは鉄道における安全対策の基本です。

従来の扉が開閉するタイプのホームドアは重量が大きく、その分だけホームの補強など事前の工事が必要になることがありました。近年では、扉のかわりにバーを採用するなど、より軽量なホームドアも登場してきています。

先日解説したバリアフリーの面からもいま注目を集めるホームドアは、これから導入される駅も多く、また技術的にも発展が望まれる分野と考えられます。

自動列車運転装置・保安装置

自動運転を行う以上、人のかわりに列車の加減速を制御するためのATOは必須であり、それに加えてATSやATCといった保安装置もまた、自動運転の実現と深い関係にあります。

保安装置とは、簡単に言うと列車が制限速度をオーバーしたり、信号を無視して他の列車と衝突したりすることがないようにするための装置です。
様々な設備を合わせた信号制御システムの一部として、列車が安全に運転されるようにする役割を担っています。

鉄道電気技術の中では「信号」の分野の会社が多く関わっている領域です。

また、近年信号システムの中でも注目されているのが無線式列車制御システムです。

これは、線路を「閉塞」と呼ばれる区間ごとに整理して列車の安全を保障してきた従来の考え方とはまったく異なり、列車が地上と無線で双方向に通信することで走行位置を検知し、列車を制御する新たな信号システムです。
柔軟な列車設定や遅延回復の容易化、地上設備の簡略化が見込まれています。

JR東日本が導入済のATACSのほか、各社で導入が検討されているCBTCと呼ばれるタイプもあります。

CBTCは東京都交通局の大江戸線で導入準備を進めているほか、2022年11月からは東京メトロ丸ノ内線で走行試験を実施、西武鉄道も多摩川線での実証実験の開始予定を発表するなど、実現が近づいている段階です。

障害物検知

東武鉄道の項で取り上げたように、一般的な鉄道路線において、ドライバレス運転の安全を総合的に確保するためには、障害物検知のシステムが必要と考えられています。

この「線路上の障害物検知」を実現するための方法については、各社が開発・実証実験をしている段階です。

自動運転の分野で東武鉄道との技術協力を行うことを発表したJR東日本では、障害物検知のためにステレオカメラの開発を進めてきました。

JR東日本「ドライバレス運転実現に向けた開発を推進します ~車両前方のステレオカメラによる障害物検知システムの開発~」

自動車より制動距離が長い鉄道では障害物検知の距離を長くとることが必要であるなど課題も多いですが、今後の発展が期待される分野です。

まとめ

この記事では、以下のような内容をお伝えしました。

  • 鉄道の自動運転には、労働人口の減少とコスト削減などの理由から注目されている

  • 現在ドライバレス運転が実現しているのは、新交通システムの路線に限られる

  • これからの課題は、一般的な鉄道路線でもドライバレス運転を実現すること

  • ホームドアや信号制御システムなどの分野は自動運転と密接なかかわりがある

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※2023年2月13日 細かな表現を修正したほか、無線式列車制御システムに関する記述・Twitterアカウントへのリンクを追加しました。
※2023年5月10日 細かな表現を修正したほか、JR東日本とJR西日本の新幹線における自動運転実現に向けた技術協力について追記しました。
※2023年12月4日 JR九州が11月30日に発表した、2024年3月から香椎線でGoA2.5の自動運転を営業列車で開始する旨について追記しました。

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